恋愛工学がミソジニー(女性嫌悪)につながったり、単純に気持ち悪いということで批判を受けがちです。10年近く恋愛工学を参考に活動をしてきた私が、その理由と実際のところどうなのかをお伝えします。
ミソジニーと親和性の高い考え方
まずミソジニーにつながると思われる考え方としては「ディスる」があります。簡単にいうと、女性が少し不愉快になる言動をとることで、女性を惹きつけるというテクニックです。
このようなことを自然とできるようになることが、ミソジニーと親和性が高いと思われます。
また、マーケティング理論で顧客を数量的に管理するのと同じように、恋愛工学では女性を数量的に管理するというのもミソジニーとの親和性が高いです。
例えば、恋愛工学では
モテ = ヒットレシオ × 試行回数
のように定義し、数式で考えているのです。
マーケティング理論が顧客をまるで人間ではなくモノとして捉えているのと同じく、恋愛工学では女性をモノとして捉えていると言えます。
このような考え方を過度に信奉し過ぎてしまった人が、ミソジニー的な言動をとってしまう可能性は否定できません。
なぜ恋愛工学はキモいのか?
恋愛工学のことを気持ち悪いと感じる方がいるのは当然のことです。
というのは、上述したように、恋愛工学では女性を数量的に管理、つまりモノとして扱っているためです。人間関係をモノとして捉えるというのは、どうしてもされた当人としては気持ち悪いでしょう。
販売やマーケティングの世界では普通に行われているので、イメージしやすいかもしれません。
例えば、行きつけの喫茶店や居酒屋で、店員同士が、
「注文とる時、まずは最高級のコーヒーを紹介してから、次に中級くらいのをお勧めすると売り上げが30%伸びるぞ」
とか裏で話し合っているのを聞いたら、キモって思いますよね。店員さんの雰囲気が良くてきている場合はとてもがっかりするはずです。
恋愛はもっと繊細な営みなので、気持ち悪さはさらに高いはずです。
恋愛工学はあくまで非モテ向けの中和剤
では、恋愛工学は絶対に悪かと言えば、そうではないと考えています。
基本的には非モテは女性を神格化し、自分を女性よりも下に置いてしまっていることで、モテない状態にいます。
神格化してしまっていると、1人の女性のために過度に尽くし過ぎて重いと思われたり、いきなりルックスを褒めて気持ち悪いと思われたりと、空回りして女性を遠ざけてしまうのです。
そのような非モテには恋愛工学は中和剤として機能します。
「あっ、別に女性に下手に出る必要はないんだ。」
「あっ、1人にふられてもそんなに落ち込まずに、他の女性に行けば良いんだ。」
という、普通に恋愛をしてきた人から見れば当たり前のことに、ようやく気がつくのです。
女性を神格化し、自分を女性よりも下に置き過ぎてしまって生きてきた非モテには、従来の恋愛ノウハウのように「女性に優しくするのと男らしく引っ張っていくのをバランスを取ろう」というようなアドバイスは毒にも薬にもなりません。
なので、恋愛工学は非モテへの中和剤と言えます。逆に言うと、学生時代から恋愛に不自由を感じなかったような人は恋愛工学に興味すら持たないはずです。
血圧を下げる薬は高血圧の人には必要です。しかし、正常な血圧の人には不要ですし、飲んだら健康被害を引き起こしかねません。それと同じです。
非モテが自分の未熟さに気付けるかが鍵
非モテがいつまでも恋愛工学を信奉し、このような考え方を先鋭化させていったら、ミソジニーにつながるでしょう。
しかし、非モテが
そもそもなんで俺は女性を神格化し、女性よりも自分を下に置いてしまうのだろうか?
ということに気がつけば、話は違います。
そこには、人それぞれ複雑な理由があります。
女性への執着や恐れだったり、幼少期の体験や親との関係なども考えられます。
そのようなことに気が付き、人間的に成長することができれば、必ずしもミソジニーにはつながりません。
さいごに
たしかに、女性や若い頃から恋愛に困ってこなかった男性にとって、恋愛工学は首をかしげたくなるような考え方も含まれているかもしれません。
しかし、いわゆる非モテのような女性への考え方が偏ってしまった人が、正常に戻るための入り口として機能する場合もあるので、そこまで目くじらを立てずに見守ってみてもいいかもしれません。